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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)5588号 判決 1985年8月26日

原告

岡嶋小一郎

被告

株式会社秀和建設

ほか一名

主文

被告らは、原告に対し、各自金一八四万五三〇二円及びこれに対する昭和五六年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの、その余を原告の、各負担とする。

この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金五七二万八九七九円及びこれに対する昭和五六年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五六年八月一〇日午後三時一〇分ころ

(二) 場所 東京都荒川区南千住三丁目二八番一号先路上

(三) 加害車両 原動機付自転車(足立け三九七〇号)

右運転者 被告平野泰男

(以下「被告平野」という。)

(四) 事故態様 原告が本件事故現場道路を横断歩行中、右方から渋滞車両の右側中央線寄りを時速約五〇キロメートルで進行してきた加害車両に衝突された(以下右事故を「本件事故」という。)。

2  原告の受傷及び治療経過

原告は本件事故により、右頬骨・右鎖骨・右第三肋骨から第八肋骨まで・左第五中手骨各骨折・左肘左膝挫傷等の傷害を負い、昭和五六年八月一〇日から同年九月二八日までの五〇日間白鬚橋病院に入院し、同年九月二六日から昭和五七年二月五日までの間名倉病院に通院(実日数五八日)し、同年二月一二日から同年五月二六日まで東京女子医大第二病院整形外科に通院(実日数六八日あるいは六九日)して治療を受けたが、治癒せず、同日症状が固定し、左手指拘縮の後遺障害が残り、右は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条別表後遺障害別等級表一四級(以下単に級のみで示す。)に該当する。

3  責任原因

(一) 被告平野は、加害車両の所有者で、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の規定に基づき、また、同被告は、加害車両を運転して、前方及び側方不注視、速度違反(法定速度時速三〇キロメートルを時速五〇キロメートルで進行)、通行区分の違反の過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条の規定に基づき、原告が被つた損害を賠償すべき責任を負う。

(二) 被告株式会社秀和建設(以下「被告会社」という。)は、加害車両を業務用に使用し、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の規定に基づき、また、同被告は、被告平野の使用者で、本件事故は、その業務執行中に被告平野の過失により発生したものであるから、民法七一五条一項の規定に基づき、原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 入院雑費 三万円

原告は前記入院期間(五〇日)中、雑費として一日当たり六〇〇円を要し、その合計は三万円となる。

(二) 診断書代等 二万六五〇〇円

(三) 休業損害 三四四万八四九六円

原告は本件事故以前タクシー運転手として稼働し、本件事故当時、稼働できれば月額四一万八〇六二円とチツプ(余収)として月額一万三〇〇〇円(一日一〇〇〇円で一三日分)の所得を得られたはずのところ、本件事故により昭和五六年八月一〇日から症状固定日である昭和五七年五月二六日までの間休業を余儀なくされ、そのうち本訴では昭和五六年九月二八日から昭和五七年五月二六日までの分を請求するが、休業損害は、次のとおり、三四四万八四九六円となる。

(418,062+13,000)×8=3,448,496

(四) 逸失利益 八九万三九八三円

原告は前記後遺障害により、その労働能力を四年間にわたり五パーセント喪失したから、前記月額所得四一万八〇六二円を基礎として、新ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して、逸失利益を算出すると、次のとおり、八九万三九八三円となる。

418,062×12×0.05×3.564=893,983(円未満切捨て)

(五) 慰謝料 一三三万円

原告の前記受傷の部位・程度、入通院治療期間等に照らし、原告の慰謝料(傷害分)としては一三三万円が相当である。なお、後遺障害の慰謝料は、自賠責保険から七五万円の支払を受けているので、本訴では請求しない。

(六) 以上を合計すると五七二万八九七九円となる。

5  よつて、原告は、被告らに対し、各自右(六)の損害額五七二万八九七九円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五六年八月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実中、(四)(事故態様)は否認し、その余は認める。

2  同2(原告の受傷及び治療経過)の事実中、原告が本件事故により傷害を負つたこと、及び一四級の後遺障害が残つたことは認めるが詳細は知らない。

3  同3(責任原因)の(一)の事実中、被告平野が加害車両の所有者であること、同3の(二)の事実中、被告会社が加害車両の運行供用者であること、被告平野が被告会社の業務執行中本件事故を発生させたことは認め、その余は否認する。

4  同4(損害)の事実は、後記の点を除き、すべて知らない。

原告は、昭和五六年四月中旬、それまで勤務していたタクシー会社を退職しており、その後同年六月二二日に交通事故(本件とは別のもの、以下「第一事故」という。)にあうまで職についていない。また、それ以後も、後遺障害は一四級と比較的軽微であるのに、何らの職についていないこと、原告の年齢(事故当時七五歳)及び職歴(事故前の直近はタクシー運転手)を考慮すると、原告は、本件事故前から、就労する意欲も、その可能性もなかつたものである。従つて、原告には休業損害も逸失利益も存しない。

自賠責保険から七五万円が支払われたことは認める。

三  抗弁

原告は、歩行者横断禁止標識のすぐ手前をガードレールをまたいで車道に飛び出すという危険な行為をしており、原告が元職業運転手であつたことに鑑みれば、その過失は極めて大きく、少なくとも五割以上の過失相殺が認められるべきである。

なお、原告は、自賠責保険から、治療関係費一二〇万円、後遺障害分として前記のように七五万円の支払を受けているが、総損害から過失相殺をするのは原告に酷であるから、既に支払ずみの治療関係費を除く金員についてのみ過失相殺することを認容する。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおり

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、(四)(事故態様)を除いて当事者間に争いがない。

二  事故態様につき判断する。

その方式及び趣旨により公務員がその職務上作成したものと認められるから、いずれも真正に成立したものと推定される乙一号証から三号証まで、六号証及び八号証から一二号証までによれば以下の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は右各証拠と対比して措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

本件事故現場道路は、泪橋方面から白鬚橋方面に通じる車道幅員一六・六〇メートル(片側三車線、両側六車線で、中央寄り四車線の幅員は各三・〇〇メートル、歩道寄り車線のうち泪橋方面から白鬚橋方面へ通ずる方向のものは二・二五メートル、その反対方向のものは、二・三五メートル)の歩車道の区別のある直線のアスフアルト舗装された平坦な見通しのよい通称明治通りといわれる道路であり、最高速度は毎時四〇キロメートルに規制されており、本件事故時は乾燥していた。白鬚橋のたもとには交差点及び横断歩道があり、信号機により交通整理が行なわれているが、その横断歩道と本件事故現場との距離は証拠上明確でない。泪橋方面から白鬚橋方面に通ずる方向の車道に接する歩道(以下「本件歩道」という。)は、幅員二・〇〇メートルであり、歩車道の間にはガードレールが設置されており、本件歩道には、ガードレールに接して歩行者横断禁止の道路標識が設置されている。

原告は、本件歩道の前記標識から、泪橋方面寄り三・四〇メートルの地点から、本件事故現場道路を横断し、反対側の歩道へ渡ろうとして、ガードレールをまたいで車道脇に佇立し、白鬚橋方面へ通じる中央寄り二車線に、車両が信号待ちのため連続して停止状態となつたため、車両のあいまをぬつて横断しようとし、右側の安全を確認せずに横断を開始した。

被告平野は、加害車両を運転して、泪橋方面から白鬚橋方面へ歩道寄り車線を時速約五〇キロメートルで進行し、一一・二〇メートル前で横断を開始している原告を発見したが、前方不注視のため原告を発見することが遅れたことと、制限速度(加害車両は、原動機付自転車であるから時速三〇キロメートル)を大幅に超過していたため、制動するいとまもなく原告に衝突し、その場付近に転倒させた。

三  当事者間に争いがない事実に、成立に争いがない甲四号証、いずれも原本の存在、成立とも争いがない甲八、一〇号証及び一三号証から一六号証まで並びに原告本人尋問の結果を総合すると請求原因2(原告の受傷及び治療経過)の原告主張どおりの事実が認められる。

また、いずれも成立に争いがない甲一、二及び五号証、原本の存在、成立とも争いのない甲九号証並びに原告本人尋問の結果によれば以下の事実が認められる。

原告は、本件事故に先立つ昭和五六年六月二二日、文京区千駄木三丁目四三番六号先路上において、歩行中、原動機付自転車との交通事故にあい、右大腿右足挫傷、右第三趾中足骨骨折の傷害を負つたが、同日以降同年八月一〇日まで関川総合病院に通院加療し、同日以降本件事故の治療も兼ね、前記白鬚橋総合病院へ入院し、同年九月二八日に症状固定した。

四  請求原因3(責任原因)の事実中、被告会社が加害車両の運行供用者であること、被告平野が加害車両の所有者であることは当事者間に争いがない。被告平野につき、他に特段の主張がないから、同人もまた運行供用者であると認められる。そうすると、被告らは、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被つた後記認定の損害を賠償する責任を負う。

五  原告は、本件事故により左記の損害を被つた。

1  入院雑費 三万円

原告は前記のように、白鬚橋病院に五〇日間入院したのであつて、弁論の全趣旨によれば、その間の雑費は、原告主張の三万円を下ることはない。

2  診断書代等 二万四〇〇〇円

前掲甲一〇、一三及び一六号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲三一号証の一から三まで、同本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、診断書、明細書等の交付を受けるため、白鬚橋病院に二〇〇〇円、名倉病院に九〇〇〇円、東京女子医大第二病院に一万三〇〇〇円、計二万四〇〇〇円を支払つたことが認められる。

3  休業損害 一三二万〇九〇七円

成立に争いのない甲二〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、以前マコト交通株式会社でタクシー運転手として勤務し、本件事故及び第一事故に先立つ昭和五六年四月中旬に同社を退社し、第一事故にあつた同年六月二二日には無職であつたこと、第一事故の治療中に本件事故にあつたこと、その後再就職していないことが認められる。さらに、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲一七、一八、二一及び二二号証に同本人尋問の結果によれば、原告が、前記マコト交通株式会社を退社した後、蔦交通株式会社(タクシー会社)に再就職する可能性があつたかに窺えるふしもあるが前掲各証拠のみでは、未だ当裁判所の心証を惹かないところ(甲一七及び一八号証の書面の作成者である松田正は蔦交通株式会社の運行管理者にすぎず、同人に雇用の権限があるとは認められない。)、原告の年令(前掲甲四号証によれば、原告は、明治三九年五月二〇日生れであり、本件事故当時七五歳であつた。)をも勘案するとタクシー運転手として再就職することが可能であつたとは到底認めることはできず、その他本件全証拠によるも、本件事故にあわなければタクシー運転手として再び稼働することが可能であつたと認めるに足りる証拠は存しない。そうすると、原告の、タクシー運転手として稼働することができたことを前提とする休業損害の主張は失当である。

ところで、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、労働の意欲を充分有していたものと認められ、第一事故による休業中でなければ何らかの収入を得られた可能性もないわけではなく、その額については、本件事故の発生した年である昭和五六年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者六五歳以上の平均賃金である年額二五一万一一〇〇円に、原告の年齢、本件事故後職についていないこと、その他諸般の事情をあわせ考慮すると、その八割に相当する年額二〇〇万八八八〇円程度の収入を得られたと推認するのが合理的であり、第一事故による傷害が症状固定した日の翌日である昭和五六年九月二九日から本件事故による傷害が症状固定した日である昭和五七年五月二六日まで二四〇日間の逸失利益は、次のとおり一三二万〇九〇七円となる。

2,008,880×240/365=1,320,907(円未満切捨て)

4  逸失利益 二八万二六六八円

原告の前認定の後遺障害の内容、程度、原告の年齢、その他諸般の事情に鑑みると、原告は、症状固定日の翌日から三年間その労働能力を五パーセント程度喪失したものと認めるのが相当であり、その間、前同様に、症状固定した年である昭和五七年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者六五歳以上の平均賃金額である年額二五九万五〇〇〇円の八割である年額二〇七万六〇〇〇円の収入を得られたはずであるから、これを基礎に、ライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して原告の後遺症による逸失利益を算定すると、次のとおり金二八万二六六八円となる。

2,076,000×0.05×2.7232=282,668(円未満切捨て)

5  慰謝料 一三〇万円

原告の前記受傷の部位・程度、入通院治療期間、後遺障害の内容・程度、その他諸般の事情に鑑みると、原告の精神的苦痛を慰謝するためには、傷害分として一三〇万円、後遺障害分として七五万円が相当である(原告は、そのうち傷害分のみを請求している。)

6  合計 二九五万七五七五円

以上のとおり、原告主張の費目についての損害額は、合計二九五万七五七五円(原告の請求していない後遺障害分七五万円を含めると三七〇万七五七五円)となる。

六  前記二で認定した事実によれば、本件事故は、被告平野の前方不注視及び制限速度超過の過失により惹起されたものであるが、原告にも、幹線道路である本件現場道路の横断禁止場所を歩車道の間に設置されたガードレールをまたいで車道に入り、安全確認を充分せずに横断を開始したという過失があり、原告が本件事故当時七五歳という高齢であつたという点その他諸般の事情も併せ考えると、本件事故につき、被告平野の過失を七割、原告の過失を三割とするのが相当である。

なお、被告らは、原告の損害のうち、治療関係費として既に支払われた金員については、これをも過失相殺の対象とすると原告に酷であるため、これを除いた部分のみについて過失相殺することを認容しているので、そのように過失相殺することとし(前掲甲一〇、一三及び一六号証、原告本人尋問の結果により原本が存在し、真正に成立したものと認められる甲一一号証、成立に争いがない甲一二号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、白鬚橋病院、名倉病院、東京女子医大第二病院において、原告の治療関係費として優に一二〇万円を超える額が必要とされ、自賠責保険から、後記の七五万円のほか、一二〇万円、それを超える部分については国民健康保険から全額支払ずみであると認められる。)、

原告の損害額(後遺障害分を含めたもの)につき、前記割合の過失相殺すると、二五九万五三〇二円(円未満切捨て)となる。

七  前記原告の損害額のうち、七五万円が自賠責保険から支払われていることは当事者間に争いがない。右金員を控除すると、その残額は一八四万五三〇二円となる。

八  以上の次第で、原告の本訴請求は、一八四万五三〇二円及びこれに対する本件事故の日である昭和五六年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

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